ちょっと小話

オリーブの夢うつつ


方舟をつくって大洪水を逃れたノアが放った一羽の鳩。
夕方、くちばしにその木の小枝を加えて戻り、ノアは地上から水がひいたことを知る。
《創世記》

〈人間により役立つもの贈ったほうに、この地を与えよう〉
海神ポセイドンと争った女神アテナはその木を贈って勝利。町はアテナイと名づけられる。
《ギリシャ神話》

鍛え抜いた肉体でオリンピアの競技会に勝利したつわものは、 その木の枝でつくった冠を戴く。
《紀元前9世紀以降》

ロムルスとレムスは、その木の下に生まれ、後にローマを建国する。
《紀元前771年》

地中海がMARE NOSTRUM《我らが海》(*)と呼ばれるよりもずっと昔から、その海を囲む地に根付いていたオリーブ。
ノアの鳩の小枝、アテナの贈りもの、オリンピック勝者の冠、ロムルスとレムスの誕生地、いずれの古い物語もオリーブには事欠きません。

遥かなるときを超えて、今年もオリーブは鈴なりに実をつけました。
摘みたてのぶどうでつくる新酒で収穫を祝い、労をねぎらうこの季節。
新酒よりもひっそりとした趣で楽しまれるのが、収穫したばかりのオリーブの実から搾り出すオイルです。
とろっとしたテクスチャーをした濁りのある緑色の液体からは果実の青い香りが立ち込め、すうっと吸い込めば、青い空の下、風吹く丘に広がるオリーブの畑が脳裏に浮かぶようです。
イタリア料理のレストランでパンに添えてオリーブオイルを出すのは邪道だともいわれますが、搾りたてのオイルはさっとあぶった薄切りのパンにつけて、まずはシンプルに今年の風味を味わいたいものです。
逆三角形のカクテルグラスに注がれたマティーニには、薄緑色のオリーブの実。
都会の喧騒から壁一枚隔たった薄暗いバーで、ハードボイルドの演出に一役買うこともあるわけですが、オリーブがここに至るまでの道のりは、収穫から一直線とはいきません。
夏の終わりに食卓用にと摘み取られたオリーブには、渋柿のように強いえぐみがあるので、そのままではとても食べられないのです。
アクを抜く作業を経て、塩味がついて、それからようやく口に運ばれる、少しやっかいな果実でもあるというわけです。

そんな手のかかるオリーブに、さらに手間ひまかけて作る、一度食べたらやみつきの一品があります。
イタリアのブーツのふくらはぎあたり、トロント川沿いの歴史ある美しい街、アスコリ・ピチェーノ。
道行く人が紙袋から取り出して、ぽいぽいと口に放り込むのは、黄金色に揚がったうずらの卵のフライ。
ではなく、きつね色に揚がった目の細かいパン粉の衣の中には、やはりオリーブ。
種はくり抜かれ、そこに数種の動物の肉やわた、卵などを合わせたものが詰められています。
200年ほど前につくられはじめたといいますが、今でこそ種抜き器が使えるものの、以前は一粒一粒、種の周りにらせん状にナイフを入れて種を取っていたというのですから、もともと庶民の食べものではなく、この地の貴族のもとで働いていた料理人がつくりはじめたものだというのも合点がいきます。
そんな高貴な血筋のアスコリ風オリーブも、今では屋台や惣菜屋さんで買っては道すがら食べる、庶民のソウルフードです。

イタリアの《ヒール》、サレント半島には、数百年、ときに数千年の間、赤土の大地にじっと根を下ろし、数々の物語を見守ってきたオリーブの大樹が500万本以上あると言われます。
しわが寄り、躍動するようにうねった幹。
でも、老木だなんていわせない。
まだまだ現役の彼らは、今年も初夏には可憐な小さい白花をつけ、この頃、ひょっとすると新しい百年紀のはじまる実りを迎えたものもあるかもしれません。

木々が過ごしてきたときに思いを馳せながら実りに舌鼓をうつ、そんなわたしたちの今も年輪に刻まれて、後に誰かが思い巡らせる物語の欠片となるのでしょう。

注 *MARE NOSTRUM 《我らが海》  古代ローマ時代の地中海の呼称。